教授からのごあいさつ

法医学には色々な役割があります。死体解剖やDNA 検査を通じて犯罪の立証に関わる面はよく認識されています。これは犯罪を否定して?罪を防止する役割でもあります。法医学は、「裁かれるべき人は裁かれる」ことにも、「裁かれざるべき人は裁かれない」ことにも深く関わっています。震災、水害などの大規模自然災害、或いは航空機や旅客船の事故で多くの方が亡くなられたときに、亡くなられた方を正しく遺族にお返しするための個人の識別にも、法医学は大きく関わっています。

法医学では、現代社会の問題を代弁するような事例の解剖も多く行っています。社会との接点を失った独居高齢者や家庭内介護に限界を感じた人々の死亡を、そこに横たわる社会的背景との関係で明らかにすることは、よりよい社会制度やその運用に反映され、延いては全ての人がよりよく生きることへ繋がっていきます。亡くなった方々が我々に語ったことを社会に還元する、すなわち「死者に学び生者に活かす」という取り組みが、法医学には強く求められています。

法医学は、病気によって予期せず亡くなった方々の解剖にも携わっています。それらには、本当に全く突然の場合もあれば、体調不良という兆しのある場合もあります。死因は何なのか、医療を受ける前に亡くなってしまう背景に何があるのか、それらを明らかにすることは、予期せぬ病死を予防する第一歩になります。そのような意味での「死者に学び生者に活かす」取り組みも、法医学の重要な役割です。

人間は社会生活を営むとともに、生物個体として生きています。社会生活を営む「人」を意識したとき、法律や制度の適正な運用の下に、よりよく生きる権利が行使できることを「人の社会的健康」と呼ぶことができると思います。一方、生物個体として生きる「ヒト」を意識したとき、予期せぬ病に倒れたりしないことは「ヒトの生物学的健康」と呼ぶことができるでしょう。

法医学は死者に対峙する唯一の医学分野といっても過言ではありません。岡山大学大学院医歯薬学総合研究科法医学分野は、 ” 人もヒトも健やかに” をスローガンとして、他の医学分野や、歯科学、薬学、生物学など関連学問分野と密接な連携を図りながら、日々の活動を行っています。